愛して、愛されて
これ以上の幸せなんて
俺は知らない
これ以上の望みなんてない
もし、望むとすればただ一つ
ずっとずっと
あなたが幸せでありますように
I have never been happier
+イマサイコウニシアワセデス+
「あ、あの……弘景様?」
七夕だから短冊に願い事をかけと脅迫され、"弘景様がずっと幸せでありますように"と書いたのだが、それがどうもお気に召さなかったようで、弘景様はさっきから黙りこんだまま。
「あの、弘景様?俺、何か気に障ることしましたか?」
煙管をくるくる回しては銜えたりと手持ち無沙汰に弄りながら、むっとした表情を浮かべている。
「お前が……我が儘を言わねぇから」
「はい?」
「短冊になら、何か書くと思ったんだよ」
それが当然とでも言うかのようにいたっていつも通りに笹を肩に担いで部屋にやってきた弘景は、煌槿の鼻先に笹を差し向けた。
「……笹、ですか?」
「七夕だからな」
「えっと……それが何か?」
「短冊に願い事を書け」
「え?」
「書かないと邸から追い出すぞ」
「えぇっ!?」
慌てて短冊を受け取り、筆をとったものの、願い事なんて思い浮かばない。
願い事なんてない
これ以上の幸せをしらないから
今、欲しいものは全て手の中だ
愛し、愛され
当然のごとく自分の居場所がある
しばらく迷ったすえ、煌槿はようやく短冊に筆をすべらせた。
煌槿はまた黙り込んでしまった弘景の胸に、顔を押しつけるようにして抱きついた。
「弘景様が笹を持ってきたのは、俺の願い事が分かると思ったからですか?」
弘景の顔を見上げ、自惚れるなと言われたら、と不安に苛まれながら呟くように尋ねた。
素直でない弘景は、小さく、ほんとうに小さく頷いた。
あぁ、幸せだ、と思う
「弘景様、俺は凄く幸せなんです」
あなたが拾ってくれて
あなたの側にいれて
「俺は、今以上の幸せなんて知りません。俺の居場所があって、愛してくれる人がいて、俺もその人が大好きです」
「………本当に何もないのか?」
少し不服そうな様子で尋ねてきた弘景に、煌槿が笑って頷いた
「短冊?珍しいですね、煌槿君にお昼以外の仕事の合間があるなんて」
「そうですね。でも、仕方ないです。笹がおいてありましたから」
サボりまくりの上司の所為で、煌槿には殆ど休む暇がない。
お昼時だけは流石に休憩を取るが、それ以外に休んでいる所等殆ど見たことがない。
その煌槿が、次官室で短冊を書いているのである。
沢践が驚くのも無理はない。
「え?」
「邸の俺の部屋、俺の官邸、尚書室、次官室…ここもですね、どの部屋にも笹が隅に立てかけられて、机の上には短冊が束で置いてあるんですよ」
「……短冊を書けっていう無言の圧力をうけたわけですか」
沢践は苦笑すると、部屋の片隅に立てかけられた笹をみた
「なんて書いたんです?蘇尚書が仕事をしますように、とか?」
「残念ながらはずれです。短冊に書く事はずっと変わりませんから」
「そうなんですか?」
笹に短冊をとりつける煌槿の手元をさりげなくのぞき込んだ。
そして小さくくすりと笑う。
なんとも微笑ましいことだ、と
小さな願いは沢山できたけど
願い事は変わらない
それは口に出さない言葉
願い事なんて
書く必要がないくらい
今幸せです
それが伝えたいから
あのときから短冊には同じことを書く
不意に笑いがこみあげた
「何を笑っているのですか?」
「今年も俺の短冊をみて、あの人は不服そうに眉をひそめるのだろうなぁと思って」
笹が置かれるのは、あの人が俺のワガママをききたがってるから
今年もその意には答えられそうもない
あなたの側で
あなたを想う
これ以上の幸せを
俺は未だに知らない
「毎年恒例だよねー、七夕の日に笹担いでる弘景」
昴朔は房室(勿論度支の次官室)の片隅で、笹を持って座っている弘景に言葉をなげた。
弘景はこともなげに鼻であしらうと、不服そうに、でもどこか嬉しそうな様子で笹を隣に置いた。
「その顔を見ると今年も同じか…」
卜茱が笹に触れようとすると、弘景はその手を煙管で遮った。
「触るな。俺のものだ」
煌槿が絡むとなると途端に大人気なくなるなこいつ、と内心つぶやきながら、静かに笑った。
「愚痴くらいならきいてあげるわ」
麗人がそういうと、弘景は地面を恨めしそうに睨みながら口を開いた
「…………我儘を一つくらい叶えさせてやってもいいと思わないか?」
弘景は手持ち無沙汰に笹を指で弄る。
「それでも嬉しいんだよね?弘景は」
「………」
短冊に込められた想いにちゃんと気づいている弘景は無言ではあるが小さく頷いた
「それにしても……自分以外の人間は自分の我儘をきくために生きてると思ってるんじゃないかと思えるほどの我儘男が、我儘を言ってもらえないと悶々と悩むとは皮肉なものだな」
「……お前等の我儘も一つくらいならきいてやるぞ」
いつになく殊勝だと卜茱が驚いた
皮肉も軽く流したあたり、自分の我儘放題な性格で、三人が多大な迷惑を被ってることを少しは悪いと思ってるのだろう。
そのうち二人は自分もそう、なので言えた事じゃないだろうが。
お詫び、と言ったところか。
「何を今更。……でもそうねぇ、我儘をきいてもらえるのなら、煌槿君頂戴Vv」
我儘放題言われた分、こうやっていじめてるのだから釣り合いはとれてると思う。
戦場と化した度支次官室で一本の笹がゆれていた。
短冊が一枚だけ、静かに揺れた。
オマケ
煌槿達が見つけて、願いをかけた笹の前で、昔、叶わぬ願いを笹にかけずに捨てた少年が居た。
「尭舜、今日は七夕だ!」
びしっと目の前に短冊を突き出した燕に、尭舜は珍しく目を白黒させた。
「はい…...?たなばた?なんですか、ソレ?」
「はぁあ!?お前、七夕知らないのか??」
「莫迦者、燕。尭舜は上巳の節句も知らなかっただろう?」
「そうですわねぇ。尭舜様は、重五の節句もご存じなかったですものねぇ」
心底驚いた、という風に燕が言うと、呆れた様な溜息を漏らして珀珪が応え、珀玲がそれに畳み掛けるように続ける。
そうは言っても、普段はいっそ異常なほどに聡明で、自分の思考など遥かに凌駕することばかり言う尭舜がこういう一般常識を知らない、というのは以外であり、どこか微笑ましくもあるのだ。
「たなばた、って、節句なんですか?」
キョトンとしながらも、言葉の端々の情報を逃さず、そこから真実を探ろうとする。
これで無意識なんだから末恐ろしいというか、類まれなる才覚である。
「んー。まぁ、な。乞巧奠とか星祭ともいって、笹に願い事を書いた短冊を吊るすと願い事が叶うそうだ。元々は……」
「まぁ、難しいことは置いておいて、願い事が叶う素敵な日、といったところか」
「七夕様は一年に一度しか会えない恋人同士が会える日なんですの。でも、天気が悪いと会えないんですわ・・・。この様子だと、今夜は晴れそうですから、恋人同士、合間見えることが出来ますわね♡」
三者三様、いかにも彼等らしい物言いだ。
尭舜はといえば、年相応の笑顔を浮かべている。何がそんなに嬉しかったのか…?
「まぁ、そう云う訳だから、短冊に願い事を書け」
自分の話を中断されたことに少しムッとしてはいたのだが、尭舜の笑顔を見ていたらなんかどうでも良くなってきた。こいつがこんなに喜んでいるんだから、それでいいと思う。
珀珪と珀玲は俺を見てクスクス笑っている。…これは少しムカつくな。
「ほら、お前等もだ!!」
やっぱりムカついたので怒鳴ってみる。
「はいはい」
「燕殿もね」
軽く受け流された。予想はしていても、やっぱり凹む。まだこの人達には敵わない。
渡された笹に、少年は一度、流麗な文字で何かを書きつけた。
「あ、燕、間違えちゃいました。もう一枚ください」
「お前な…。こんな短いものを間違えるなよ」
コツリと頭をたたかれて。でも、声音はとても優しくて。
こっそり短冊を懐にしまう。
一番の願いは、叶うことはないし、叶ってしまってはいけない。
だから、そっと胸にしまって、もう一度、もうひとつの願い事を書いた。
皆がいつまでも幸せで居られますように、と。
ずっと皆と一緒に居られますように。
叶わない、叶ってはいけないお願い事。
願うことすら出来なかったお願い事。
「尚書令まで上り詰める!!」
「願ってるんじゃなくて、確定させてるだろう、それ」
珀珪の言葉に三人で笑った。
燕は不服そうな顔をしていたけれど。
「皆が幸せになりますように」
「わぁ、私と珀玲殿、おそろいですね」
にっこりと顔を見合わせた二人に、残る二人は「(どっちも乙女だ)」と思ったとか。
「自分の思いを押し通して守りたいものを守れる強さと優しさを手に入れる」
「人の事言えないな、アンタ。自力で達成する気だろ、その願い」
揶揄う様な燕の言葉に「当たり前だ」、と珀珪は胸を張った。
それでも、今この時を。
星空は変わることなく天(そら)にある。
アトガキ
微シリアスほのぼのを目指しました。
なんだかんだ実は仲のいい偽親子が書きたかったんです。
次官室は四部署の次官たちの休憩所。
度支次官室、なんかの様に部署の名前が付いているのは、それぞれの次官に与えられた執務室です。
尚書にも同様のものがそれぞれ与えられています。
でも、たまるのはいつも度支次官室(煌槿の執務室)の変人三人+卜茱サマ。